みなさんこんにちは。院長です。
この高齢化社会(伴侶動物社会)では、慢性腎臓病は比較的多い疾患と言えます。
でもいざそうなったらどの様に治療は進んでいくのか?あまり詳しく知らされていない飼い主様も多いのではないのでしょうか。
実は慢性腎臓病にはIRISという機関が提唱している治療ガイドラインがあるのです。
その内容を簡単にまとめてみましたので、ご参考にしてみてください。
参照:https://www.iris-kidney.com/iris-guidelines-1
非公式の翻訳のため解釈に違いがある可能性があります。
犬と猫の慢性腎臓病(CKD)
治療ガイドライン
IRIS (国際獣医腎臓病研究グループ) 2023年版
CKD治療の2つの柱
① 進行の抑制
残っている腎機能をできるだけ長く維持することを目的とします。
💡 特に、臨床症状が少ない初期ステージ(ステージ1、2)で治療の中心となります。
② 生活の質 (QOL) の向上
CKDによる臨床症状を軽減し、患者の快適さを保つことを目的とします。
💡 臨床症状が顕著になる後期ステージ(ステージ3、4)でより重要になります。
⚠️ 全ての治療は、個々の患者に合わせて調整する必要があります。
診断後、まず行うべきこと(全ステージ共通)
腎毒性薬剤の中止
腎毒性の可能性がある薬剤を可能であれば中止する。
前腎性・後腎性異常の特定
腎前性・腎後性の異常を特定し、治療する。
治療可能疾患の除外
腎盂腎炎や尿管閉塞などの治療可能な疾患を除外する。
重要な指標の測定
血圧と尿中タンパク/クレアチニン比(UP/C)を測定する。
IRIS CKD ステージ1
🎯 主な目標:進行の抑制
脱水管理
- 常に新鮮な飲水が可能な状態を確保する。
- 体液を喪失するような病気になった場合、速やかに補液を行う。
高血圧
- 収縮期血圧が持続的に160mmHgを超える場合に治療を開始する。
- 治療目標は収縮期血圧を160mmHg未満に下げること。
- 治療法は犬と猫で異なる。(詳細は別スライド)
タンパク尿
- 犬: UP/C > 0.5
- 猫: UP/C > 0.4
- 上記の場合、原因を調査し、抗タンパク尿治療を開始する。
- ボーダーライン(犬: 0.2-0.5, 猫: 0.2-0.4)の場合は注意深くモニタリングする。
IRIS CKDステージ2の治療
ステージ1の治療に加え、以下の対応を検討
進行抑制のための追加治療
-
腎臓病用療法食の給与を検討する。
(食欲不振になる前の早期導入が望ましい)
-
リンの摂取制限を開始する。
(血中リン濃度が基準値内でも、療法食による制限が有益な場合がある)
QOL向上のための治療
- 嘔吐や吐き気が疑われる場合、制吐剤(マロピタント、オンダンセトロン等)を使用する。
- 食欲不振や体重減少には、食欲増進剤(カプロモレリン、ミルタザピン等)を使用する。
- 低カリウム血症がある場合、カリウム製剤を補給する。(特に猫)
IRIS CKDステージ3の治療
QOL向上の治療がより重要に
必須となる治療
- ❤️ 腎臓病用療法食を給与する
- ❤️ リンの摂取制限を強化する(吸着剤の使用)
- ❤️ 脱水、高血圧、タンパク尿の管理を継続・強化する
QOL向上のための追加治療
- ❤️ 代謝性アシドーシスの補正(炭酸水素ナトリウム等)
- ❤️ 貧血の治療を検討する(PCV < 20%が目安)
- ダルベポエチンがエポエチンアルファより推奨される
- ❤️ 必要に応じて定期的な皮下補液を行う
- ❤️ 経腸栄養チューブの設置を検討する
IRIS CKDステージ4の治療
❤️QOLの改善が最優先
全身状態の管理
- ステージ3までの治療をすべて継続・強化する
- タンパク質・カロリーの栄養失調を防ぐための取り組みを強化する
- 脱水を防ぐための取り組みを強化する(経管チューブによる水分補給も)
高度な治療の選択肢
- 腎代替療法(透析)を検討する
- 腎移植を検討する
- 腎機能で排泄される薬剤の投与量調整に、より一層の注意を払う
このステージでは、生活の質(QOL)の維持が最も重要です。 すべての治療は患者の快適さを第一に考えて行われるべきです。
全身性高血圧の管理
🎯 目標:収縮期血圧 < 160 mmHg / 段階的な降圧
犬の治療ステップ
- 1 食事のナトリウム制限(効果の証拠はなし、薬物療法と併用)
- 2 ACE阻害薬(ベナゼプリル等)を標準用量で投与
- 3 ACE阻害薬を倍量に増量
- 4 ACE阻害薬とCaチャネル遮断薬(アムロジピン等)を併用
- 5 さらにARB(テルミサルタン等)やヒドララジンを追加
猫の治療ステップ
- 1 食事のナトリウム制限(犬と同様)
- 2 Caチャネル遮断薬(アムロジピン)またはARB(テルミサルタン)を投与
- 3 アムロジピンを倍量に増量(テルミサルタンは増量非推奨)
- 4 アムロジピンとテルミサルタンを併用
ℹ️ 高血圧の診断基準:収縮期血圧が持続的に160mmHgを超える場合に治療を開始します
タンパク尿の管理
目標:UP/Cを可能な限り低くする / 腎生検の検討(ステージ1-3)
犬の治療ステップ
原因疾患の調査・治療
ARB(アンジオテンシン受容体拮抗薬)と腎臓病用療法食を投与
コントロール不良の場合、ACE阻害薬とARBの併用を慎重に検討
血清アルブミン < 2.0 g/dl の場合、抗血栓療法(クロピドグレル等)を投与
猫の治療ステップ
原因疾患の調査・治療
RAAS阻害薬(ACE阻害薬またはARB)と腎臓病用療法食を投与
血清アルブミン < 2.0 g/dl の場合、抗血栓療法(クロピドグレル推奨)を検討
注意: 脱水または循環血液量減少の動物へのRAAS阻害薬(ACE阻害薬、ARB)の投与は禁忌です。必ず補液後に使用してください。
リンの管理(ステージ2以降)
食事療法
腎臓病用療法食による
食事からのリン摂取制限
リン吸着剤
血中リン濃度が目標値を超える場合、
経口リン吸着剤(水酸化アルミニウム等)を
食事に混ぜて投与
カルシトリオール
【犬】 ステージ3, 4でリン管理後、
生存期間延長の報告あり
【猫】 有益性は確立されていない
🎯 血中リン濃度の目標値
ステージ2
< 4.6 mg/dl
(1.5 mmol/l)
ステージ3
< 5.0 mg/dl
(1.6 mmol/l)
ステージ4
< 6.0 mg/dl
(1.9 mmol/l)
QOL向上のための対症療法
ステージ3, 4のCKDにおける症状管理
嘔吐・食欲不振
💊 制吐剤:マロピタント、オンダンセトロン
🍗 食欲増進剤:ミルタザピン、カプロモレリン
貧血
📈 PCV < 20%が治療開始の目安
💉 ダルベポエチンが推奨される治療薬
代謝性アシドーシス
💊 炭酸水素ナトリウムやクエン酸カリウムで補正
🎯 目標値:犬 18-24 mmol/l、猫 16-24 mmol/l
低カリウム血症
🐱 特に猫で見られる症状
🧴 グルコン酸カリウムやクエン酸カリウムで補給
SDMAとクレアチニンの乖離
クレアチニン値に基づくステージよりもSDMA値に基づくステージの方が高い場合、 SDMAのステージに基づいて治療を行う ことが推奨されます。
(特に筋肉量が少ない痩せた動物で重要です)
クレアチニン(Cre)基準のステージ | このSDMA値を超えたらステージを上げる | 治療方針 |
---|---|---|
ステージ2 (犬) | SDMA > 35 µg/dl |
⬆️
より高いステージの治療法を適用
|
ステージ2 (猫) | SDMA > 25 µg/dl | |
ステージ3 (犬・猫) |
犬: SDMA > 54 µg/dl 猫: SDMA > 35 µg/dl |
定期的なモニタリングの重要性
📋 主なモニタリング項目
- ⚖️ 体重、身体検査所見
- 💓 血圧
- 🧪 尿検査(特にUP/C)
- 🧫 血液化学検査(クレアチニン, SDMA, リン, カルシウム, カリウム等)
- 💧 血液一般検査(貧血の評価)
モニタリング頻度の例
- ✅ 高血圧治療安定後:3ヶ月毎
- ✅ リン管理安定後:3ヶ月毎
💡 治療への反応を評価し、必要に応じて治療計画を修正します
治療の個別化の重要性
大切な家族のために、最適な治療を。
ℹ️ 本ガイドラインは、多くの犬と猫にとって有用な出発点ですが、全ての治療は個々の患者に合わせて調整される必要があります。
📋 記載された情報はIRISの2023年版治療推奨に基づいています。
👨⚕️ 治療の実施にあたっては、各地域の規制や薬剤の認可状況を確認し、個々の患者に対するリスクとベネフィットを評価することが治療を行う獣医師の義務です。
患者ごとに異なる症状と進行
併存疾患への配慮が必要
QOLを最優先した判断