下痢といえば下痢止めと抗菌薬

という治療が、日本の獣医療においてよく行われておりました。

私もそう処方するように指導されました。

「細菌性腸炎だったらいけないから」
「抗菌薬反応性腸症ならとりあえず反応するから」

といった理由でしょうか。

そして、その多くはフラジール(成分名がメトロニダゾール)という抗菌薬でした。

今の獣医療では、下痢(腸炎)に対して抗菌薬の投与は推奨されておりません。

まず、細菌性腸炎だとしても抗菌薬の有効性は明らかにされておりません。また、必要があるとしても発熱や炎症の数値の上昇がみられるほどの場合と言われてもいます(犬の治療ガイド2020)。

さらに、「抗菌薬反応性腸症」という概念も現在消えつつあり、特殊な場合を除き腸炎には抗菌薬は使われません。

特殊な場合というのが

①ジャーマンシェパードのタイロシン反応性腸症
②ボクサー・フレンチブルの潰瘍性大腸炎

の場合です。

この場合、

①はタイロシン
②はエンロフロキサシン

という抗菌薬が適応になります。

一般的に抗菌薬を投与することにより、腸内細菌のバランスが乱れ(=ディスバイオーシス)、かえって有害とされております。メトロニダゾールやタイロシンを14日投与するとディスバイオーシスが起こることがわかっており、タイロシンでは休薬後56日の時点でもそのバランスがもとに戻らないことが示されております(Pilla et al., 2020やM. Cerquetella et al., 2020)。

さらには、幼い動物に抗菌薬を投与することで慢性腸炎を引き起こすリスクも最近の学会で拝聴いたしました(JBVP2021)。

当然、抗菌薬に耐性を持つ細菌の出現リスクもあります。

そして話は戻るのですが、このメトロニダゾールはさらに前庭障害を引き起こすことがあるのです(Jason E et al., Vet Intern Med2003;17:304–310)。

前庭障害とは、簡単に申しますと「目が回る」ことです。

軽く首を傾ける程度から地面を転げまわるような場合もあります。

先日もこのメトロニダゾール中毒を疑う患者様がお越しになりました。数回肺水腫を経験するほどの心臓病も患っている高齢のワンちゃんで、発症時は地面を転げまわるような状態でした。よくお話しをお聞きすると、数年前に慢性的な軟便に対してメトロニダゾールを処方され、それをずっと継続していらっしゃるとのことでした。

飼い主様は相当狼狽しており、一度は苦痛からの解放のための安楽死も求められましたが(度重なる肺水腫の経験もあって)、メトロニダゾールを休薬することで今では食欲もあり普通に歩くこともできるようになりました。休薬後でも便はほぼ正常便が出ております。

このような症例をここ数年、ちょこちょこ見かけるようになりました。

本当にメトロニダゾール(=フラジール)中毒なのかどうかはMRI撮影により血栓や脳炎などの除外を行わなければならないと思いますが、

もしメトロニダゾール(=フラジール)を長期的に使用されていらっしゃるのであれば、この副作用に関して少し注意して見ていただければと思います。

(ちなみにネコちゃんは見当識障害や痙攣などが出やすいようです(Saxon B et al,. Prog  VetNeurol 1993;4:25–27.やCaylor KB et al., J Am Anim Hosp Assoc 2001;37:258–262))

私たち獣医師は「本当に抗菌薬が必要なのか」をよく考えて処方しなければならないとつくづく思います。

参考になれば幸いです。

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